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Pengzi de 雑記帳
中国に関する雑記、備忘や現在住んでいる蘇州の様子などなど
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西湖より包頭まで 5  燕京の二日間 -01 北京 後編


 民国以来その威令が長江以南に及びかねるのもその基づくところはここにある。
予はこの意味から、民国発祥の地漢口のごときに首都を移すべきであると思う。
東西に長江を帯び南北に京漢粤漢の一大幹線ができあがるべき漢口は、
実に漢民族居住地の重心でもあり、文化の中心にも近いからである。

 しかしたとえ首都が南に移るとしても北京が北方の強国に対してもっとも重要な位置にあることは今も昔も変わりがない。
北京を軽んじては南方がまた安穏なるを得ないのは歴史のすでに教うるところである。
人はあるいは首都として南京の形勝をとくも、北京のほうはかよりもはるかに雄大である。
いずれにしても北京は今支那の枢要の都であるが、ここに最初の痕跡を残した燕の薊丘というは、今の北京の西南にあったらしい。
その後今の北京に最も近く都城ができたのは、遼の南京、周囲三十六支里八門を置いたのに始まる。
『大清一統志』によれば、
「遼故宮は京城の南にあり」と記し、
「金の故宮は京城の西南にあり」とあって、
遼金の休場その位置を異にしているが、
一説には金は遼の跡によったのであるといわれている。
その金の都というは今の外城の先農壇よりも西、琉璃廠の南にあって、
周囲七十五支里十二門を有る堂々たるものであったらしい。(第五十三図)


 やがて元の世祖が都するが、旧城の東北三里に新都を築き、西紀1273年ここを大都と号した。
その大きさ方六十支里二百四十歩であるから金よりもはるかに大きい区画であった。
この大都の跡に明が都したとき、これをもって大に過ぐるとなし、城北五里を縮め東西両面の北方の門を廃した。
同時に南面は二里だけ前に広げ土墻のかわりに磚壁をめぐらした。
でこの際には西南の旧城も、北方の土墻もまだ残っていたが、
嘉靖三十二年南面一帯に外城をつくった時に、ついに金の旧城がなくなったのである。
しかし北方の土墻は今も残っていて、徳勝門外五里にして土城関という村がある。
これがすなわち元京の北至である。

 清朝になって明の遺訓をかえず、
城壁の高さ三丈五尺、南面と北面の長さ各二千二百三十余丈東面千七百八十丈、西面千五百六十余丈で矩形が少しいびつになっている。
城壁の四隅に各一の角楼があったが、西北の一隅今は壊れている。
南に三門、ほかはいづれも二門で合計九つの門ある。
これすなわち内城で周囲に護城河がある。
京漢線および京奉線はこの護城河と城壁との間を通って南面の正陽門の東西に留まり、東駅、西駅となっている。
すなわち京城の交通線の起点はこの正門前にはじまる。


 正陽門を入ると、真っすぐに旧皇城への道であるから、内城市街へ行くには右または左に折れなくてはならぬ。
けだし内城の中央に高十八尺の繚牆周囲十八里余の旧皇城区があって、
さらにその中心に午門を正門とし濠をめぐらした南北二百三十六丈九尺五寸の紫禁城なるものがある。
でこの皇城を中心にしてその左右と後方とに内城市街があるので、北京の主要交通線は中央に通じていない。
ゆえに内城の前門の東にある崇文門から北上する崇文門大街と、前門の西にある宣武門を北上する宣武門大街が導線となり、
これと交差する各門大街が、その第二の幹線をなしている。
正陽門街と崇文門街との間、内城壁と旧皇城との間に、東交民巷と称する外人の居留地域があって、
その建物とその道路とが洋式にできていて、大に異彩をはなっているほか、
市街はすべて支那式で、道路も黄土のままのところが多いゆえに、裏町などに行くとよほど粗末なものである。

 外城は一名羅城といい最初は四囲を囲むつもりであったが、今は南面のみに長方形の城壁を取りまいている。
前門大街、崇文門大街、宣武門大街と大通とし、各省より集まれる商民雑踏の地となっている。
しかしその市街地は全体の三分一にも達せないで、他は寺院、田園、墳墓の荒漠たるところとなっている。

 けだし北京は人口に対して空地が多いところである。
しがたって何とはなしにゆったりした大陸的気分の汪溢せる感がする。
最近の調査で人口1,184,000人と報告せらるるが、男子が特に多い。
諸所に仮寓して一定の住所のない苦力が、20万人からも住んでいるだろうといわれることによってもその形勢がわかる。
したがって人力車の廉いことは驚くべく、電車ができても賃金上これと競争して苦力のほうが勝つというところだ。
これ全く支那の生活費の低廉な結果であるが、一方かような無職の蒼生に対して、
財産家の余裕あるものの生活状態は、これまた驚くべき贅沢なもので、上品なゆとりのある暮らし向きをしている点において、こせついた日本人などの到底思い及ばぬものがある。
我等は短時間に北京を見物せんとするのであるから、寸暇といえどもこれを利用すべしとして、北京見物日程なるものを参考とした。


~>゜)~<蛇足>~~
 東交民巷: 原文では東巷民街となっているのですが、
       間違いが明白なので本文中では訂正してあります。


~>゜)~<蛇足2>~~
 北京のことを読んでいる時が本当に楽しいです(^^♪
 蘇州在住が北京に滞在した時間を超えましたが、
 青春時代を過ごした北京は私の中国の故郷です。

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